〇トゥルーマン・ショーで夜を使い果たした。
トゥルーマン・ショー【Blu-ray】 [ ジム・キャリー ]
※今回は最初からネタバレ全開で行きますのでご了承ください。
今後見る予定の方はそっ閉じしてくださいm(_ _)m
1998年の作品で、主演は名優ジム・キャリー
前々から名作であると伺っていたので思い切って見ることにしました。
感想
一度は見たほうが良い完全に名作でした。 元々ジム・キャリー好きでしたが、もっと鉱脈を掘りたくなりました。コンテンツで溢れかえる現代においても皆に突き刺さる作品だと思いました。
INDEX
1.トゥルーマン・バーバンクについて
2.トゥルーマン・ショーに秘められた残酷な真実
3.一人の女性との出会いから変化
4.疑念と確信
5.父と感動の再会
6.脱走からクライマックス
1.主人公トゥルーマン・バーバンクについて
主人公であるトゥルーマン・バーバンク(ジム・キャリー)はとても明るい青年で保険会社に勤務しながら、家族にも恵まれ、友達にも恵まれ毎日を楽しく過ごしていた。明るい笑顔で隣人に「おはよう!会えないときのために、こんにちは!こんばんは!おやすみなさい!」と毎朝決まって挨拶をする。
ただ一つ心に影を落としているのが、父と海でボートを漕いでいる時に、父の制止を振り切り進んでしまった為に嵐にのまれて父が海に投げ出されて行方不明となっていたことであった。そのとこもあり、トゥルーマンは「水恐怖症」を患うこととなった。
と、ここまでの設定は映画ではありがちなものに感じるだろう。だが、真実はもっと非情で残酷なものであった。
2.トゥルーマン・ショーに秘められた残酷な真実
トゥルーマンは生まれたときから人生の全て、24時間を毎日TVで放送されていたのである。万里の長城に匹敵する大きさのドーム状になっている舞台セット内にある街、海、道路、家族という役の俳優、友達という役の俳優、妻という役の俳優、エキストラ達にのみ囲まれてトゥルーマンは育っている。そのことを知らないのはトゥルーマンだけ。他の全員でそのことをひた隠しにしているのである。今までの人生全て、ずっと。
現代のyoutuberの比では無いほど無自覚に人生を「トゥルーマン・ショー」というコンテンツに捧げさせられているのだ。
企画された出会い、企画された出来事の中で生きていく。
つまり、1.に記載した父とのボート事故も造られた出来事。水恐怖症を患わせて、遠くに行こうという気を無くさせる制作者サイドの意向なのであった。もちろん父親も役者である。
3.一人の女性との出会いから変化
トゥルーマンはローレンという役名のシルヴィアという女性に好意を抱いてしまう。シルヴィアもトゥルーマンの境遇を憐れみ、この世界は造られた偽りのものであると伝えようとするが、制作スタッフに阻止されてしまう。しかし、トゥルーマンに疑念を植え付けるには十分であった。
4.疑念と確信
疑念をもってみるいつも通りの「日常」は、とても不自然なものであった。その疑念は時間を重ねるごとに確信に変わっていった。疑念が確信に変わるかどうかのタイミングで親友役であるマーロンと2人で話す一コマがある。
今までの思い出を語り合い、共に笑い、「俺も嘘をついていると思うのか?」とマーロンはしゃべった。いや、しゃべらされていた。
ここがとても複雑なのだが、マーロンと過ごした日々は造られたものだとしても、時間を共有していたことは事実であり、マーロンもトゥルーマンのことを親友だと思っていることも事実であったかのように見えた。嘘をつくときの苦悶の表情が全てを物語っていた。
5.父と感動の再会
そして、マーロンが探し出したという海で行方不明になっていたはずの父(父役の俳優)が現れ、感動の再会を果たす。完璧な映像が撮影でき喜ぶ制作スタッフ達、TVの視聴者達は皆感動していた。が、トゥルーマンはこの不自然さに今までの疑念が全て確信に変わった。
6.脱走からクライマックス
トゥルーマンは怖いはずの海へとボートで脱走した。シルヴィアはフィジーにいると聞いた。フィジーに行きたい。すべての手段が制作サイドに阻止されるので、単身とにかく海へ出た。
天候を操りどうにかして渡航を阻止しようとする制作スタッフ、波に打たれ、瀕死になりながらも前を目指すトゥルーマン。
ついにトゥルーマンの船の先端が空に突き刺さった。空の絵が描いてある壁に突き刺さったのだ。
絶望の中、制作陣のトップと話すことになる。制作陣のトップは、「君はスターだ」と「生まれた時からずっと父の様に見守ってきた」と「君の住む世界は平和である」と。すべて事実だし悪意は無いように思えた。
そこでトゥルーマンは口を開く。
「おはよう!会えないときのために、こんにちは!こんばんは!おやすみなさい!」
そして深々とお辞儀をして外の世界へと出ていく。
心模様は怒りなのか感謝なのか喜びなのか読み取ることは出来なった。が複雑な心境であることは言うまでもない。
TVを見ている視聴者達は、感動の涙を流すものもいれば、歓喜に震えるものもいる感動のクライマックスである。あった。
はずなのだが、次の瞬間には次のプログラムに期待している。
この描写を見たときに震えが来るほど恐ろしくなった。コンテンツを消費し終えた人々の冷めた感情に恐怖で鳥肌が立った。
自分もそうしてしまっていたかもしれない。
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